トリノオリンピック & 奥伊吹バッヂテスト

                 2006.02.25-26.NHKTV/奥伊吹

NHKトリノ  2006年トリノオリンピック・アルペン男子回転がいよいよはじまります。日本時間25日夜11時05分開始。次の日は、県連バッヂテストが奥伊吹で開催されるが・・・生で日本の選手の滑りを観たい。

明日26日、天気予報では、90%雨。おまけに、風雨強い・・・とんでもない天候になりそう・・・・放送途中で録画に切り替え、眠る。  

しかし、深夜2時半ごろ胸騒ぎ?で目が覚め 回転の2本目をライブで観戦。皆川賢太郎選手 3位・・・・・・・・・・夢の途中かな? 


湯浅直樹・皆川賢太郎 皆川賢太郎 皆川・湯浅

入賞し喜ぶ皆川(左)と湯浅


アルペンスキーの男子回転が25日行われ、皆川賢太郎 (28=アルビレックス新潟)が合計タイム1分44秒18で4位に入賞した。3位とは0秒03差で、56年コルチナ・ダンペッツォ大会銀の猪谷千春以来50年ぶりのアルペンでのメダルは逃したが、1分44秒57で7位の湯浅直樹(22=北海道東海大)とともに同大会以来半世紀ぶりの入賞を果たした。

佐々木明(24=ガーラ湯沢)は2回目に途中棄権。生田康宏(26=東京美装)は47位だった。

競技結果】レース後、皆川は悔しさと充実感が入り交じった複雑な笑顔を見せた。
「ちょっと足りなかったですね。アルペンにメダルが欲しかったんですけど…」。

3位のシェーンフェルダー(オーストリア)とはわずか0秒03差。ゴール直前の緩斜面の平均時速50キロで換算するとその距離は約42センチ。猪谷・国際オリンピック委員会(IOC)副会長も「30センチくらいじゃないかな」とつぶやいたスキー板4分の1程度の差が、表彰台と4位を分けた。


 それでも冬季五輪の華と言われるアルペンで50年ぶりの日本人の入賞は、まぎれもない快挙。山中茂監督は「世界のスキー人口やメジャーな競技であることを考えれば凄いこと」と大健闘の滑りを称えた。

 1回目は第1グループ30人のうち9人がコースアウトする中、53秒44で3位。2回目は上位30人の下位から始まるため28番目のスタートとなった。夜のレースで雪が引き締まる難しいコンディションに有力選手7人がコースアウト。「ここで緊張しないヤツはいない」と自らを奮い立たせ飛び出していった。

 しかし、スタート直後、ポールの根元に右足のブーツが当たりバックルが1つ外れるアクシデント。足の微妙な感覚が緩くなり、踏みつける力も100%伝わらなくなった。さらに序盤の滑りも計算が狂った。狭い間隔で続く旗門を抜けた後、急カーブに入る部分で「もう少し勢いを出せれば良かった」と思い描いたラインを刻めなかった。

 02年3月の国内大会で左ひざ十字じん帯を断裂し右太腿の腱を移植する手術を受けた。その後試合に出ても結果が出ない時期が続き、北海道・北照高の後輩・佐々木の台頭もあり「皆川の時代は終わった」と言われた。

 そんな苦難の日々を支えたのは元競輪選手の父・賢治さん(58)だった。父も同じ境遇で苦しんだ経験があった。当時最高峰のA級1班まで上り詰めたが、練習中のスキーで右ひざじん帯を断裂。その影響で選手生命を断たれた。息子だけには同じ思いをしてほしくない。賢治さんは「医療が進歩し、必ず治るから、あきらめるな」と励まし続けた。

 北照高スキー部の工藤裕監督は「(ケガをして)ふた皮むけた。物事を冷静に見られるようになった」と振り返った。今季W杯第5戦で4位に入り「メダルは確実に近くなっている」と手応えを得て今大会に挑んでいた。「ケガがあって弱い自分から脱皮できた。僕は負けず嫌い。勝利の味を知りたい。次はバンクーバー」。苦難を乗り越えて復活した男は4年後にもう1度表彰台に挑戦する。

 ≪母感激≫皆川の地元、新潟県湯沢町では両親が経営するペンション食堂で知人ら約20人が応援した。母・則子さん(52)はハンカチで顔を覆い、息子の滑りを直視できなかった。「楽しんで滑ってほしいと思っていたのでよかった。入賞までいくとは思ってなかった。大ケガをしてからは苦しかったので…」と言った後は言葉にならなかった。父・賢治さん(58)は「大満足。ありがとうございました」と笑顔で話した。
[ 2006年02月27日付 スポニチ紙面記事 ]


皆川選手 
2回目を終え、好タイムに喜ぶ皆川 Photo By 共同
 
 皆川賢太郎

     
                    【写真:渡辺正和/アフロフォト】

 佐々木が泣いた。表彰式を見ながら、周囲の目をはばからずに涙を流した。「オレがゴールしていれば言うことはなかった。でも、割とハッピー」。2回目で途中棄権した直後は強がってみせた。だが、最後は悔しさを隠し切れなくなった。

    猪谷(IOC)副会長    「地盤固まった」
  ☆ 「ちょっと足りなかったですね。アルペンにメダルが欲しかったんですけど…」 皆川談・・・
  ☆ 皆川の記録は、4位ではなく「4番目のメダリスト」と記憶に留めたい。
コメント:スキージャーナリスト Morio TSUCHIYA
       
    JAPANアルペンスキー復活の兆しです。  バンクーバーへ・・・

*奥伊吹バッヂテスト*

今シーズン最後の奥伊吹でのバッヂテストが、稀に見る最悪のコンディションの中 開催されました。天気予報がバッチリ的中、早朝より雨・風が容赦なく荒れ狂い・・・・・・こんな惨たんたるテスト会は、はじめてである。下着までびしょ ビショ 状態。

さすが、受検者も少なく、1級班は2名のエントリーだった。ちなみに、2級10名、3級1名でした。受検者も大変ですが、講師の先生方も、本当にご苦労様でした。指導者の資質はじゅうぶんです。さすがです。

バヤクラブからは、2級に4名挑戦しました。Yamamoto,Teramoto,Shimizu,Yuukiです。
寺本さんが見事合格!おめでとうございます。

はるか西の方(鳥取県・大山)で開かれていました正指導員検定には、植木君が挑戦しています。午前10時21分に合格のメールを受信。おめでとう!腕あげたなぁーウエキはん!!  よかった  良かった。


そして、猪田まさみ嬢が、25日びわ湖バレーにて、1級合格しました。おめでとうさん。
閉会式の様子

雨を避けて、レストランのテラスで閉会式。
真ん中は寺本選手
喜びの寺本さん。

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