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1986年10月、我がチームは伊吹町での第3番目のスキークラブとして産声を上げました。その当時伊吹町で本格的なスキーがしたければ、既存の2つのクラブに加入&登録しなければなりませんでした。
そのうちの1クラブはある街以外の者が加入することは考えられませんでしたし、もう一つのクラブは、某スキー場関係者以外は加入できませんでした。
そのような状況の中、競技スキーがしたい、基礎スキーがしたいと思う若者が多くなってきました。 しかし、競技をするにしても基礎をするにしても、滋賀県スキー連盟に登録されたスキークラブに加入していなければなりません。地元のスキークラブに加入する事ができない状況で、スキー馬鹿たちが集まったのが、我がスキーチーム発足のきっかけです。
『新しいスキークラブを作ろう!』 という合い言葉の元、設立の準備を進めました。
スキークラブの代表者・県連連絡員・県連評議員を決めて、滋賀県スキー連盟の評議委員会で発足に伴う初心表明を行いました。その席で、満場一致で認められ、現在の我がチームがあるわけです。
某教師率いる教え子軍団&現団長(一般的には代表とか会長と言います)率いるスキー大好き人間軍団が一つになって、1986年10月、我が『伊吹山レーシングスキーチーム』が発足したのです。
(チーム発足時の原動力となったのは某教師と某教師が小学校に赴任したときの最初の教え子たちのグループでした。)
チームが出来てからは、他のクラブに追いつけ追い越せを合い言葉にクラブ員一丸となって、努力しました。クラブ発足と同時に、クラブの活動意欲を示すために、基礎スキー準指導員検定会を受験しました。他のクラブと違って、初めてのことばかりなので、何も分かりませんでした。
しかし、受験した者4名が一生懸命になって、研修を積み重ねました。
「滑りは、レーシングだけあって切れはあるが、これは基礎スキーなんだぞ。」
「もっと、勉強してこい。」、と言われたことを今でも忘れません。
「今に見ていろ。きっと、俺たちの求めているスキーが認められる時がくるはずだ。」と、信じてクラブ員一同頑張ってきました。その努力の甲斐があって、年々有資格者が増えてきました。また国民体育大会スキー競技会出場者も出るようになりました。
クラブ対抗でも近年3位前後の成績を収められる様になってきました。
その上、女性の会員も年々増え、女性の有資格者を輩出するまでになりました。このような地道な活動が広くスキー愛好者に評価されて、クラブ加入者が増え 現在では伊吹町や県内のみならず愛知県や兵庫県に至るまで幅広い地域にまたがっています。
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