■滋賀県人オリンピアン→→伊藤みき・岡田良菜■
2014.02. ソチ冬季オリンピック
【特集・伊藤みき】
ソチオリンピック23歳で迎える2回目の五輪は、最後の五輪と心に決めていた。スノーボード女子ハーフパイプの岡田良菜 モーグル日本女子の伊藤みき(26)=北野建設=が、本番のレースを滑ることなく、ソチ五輪の舞台から降りた。右ひざのけがを押して乗り込んだが、8日の予選2回目を棄権することが発表された。幼い頃に抱いた「五輪でメダル」の夢は持ち越された。
6日、予選1回目直前の公式練習。ソチに入って初めて挑んだ第2エアでのバックフリップ(後方1回宙返り)の着地で、ひざを悪化させた。スキー板を制御できないままゴール地点へ。雪の上に横たわり、「出たい、出たい」と悔し涙を流した。この種目で、上村愛子(34)=北野建設=との二枚看板だった。
昨年12月、ワールドカップ(W杯)の今季初戦に向けたフィンランドでの練習中に、右ひざの前十字靱帯(じんたい)を損傷した。現地の医者は「ソチのことは忘れた方がいい。このひざでは無理だ」。手術をして8カ月かけて治すというのが医学的見地からの判断だった。
伊藤は目標を見失いかけたが、「金メダルを取るために4年間やってきた。うまくいかないことがあるからと目標を変えたくない」。手術はせず、リハビリとケアでソチを目指すと決断した。賛否があるかもしれないことは承知の上だった。
3姉妹の次女として滋賀県で育った。スキー好きの父の背中を追って、姉妹そろってモーグル選手に。互いをライバルに、3人で五輪を目指してきた。リハビリを終えた伊藤が雪上に戻った今年の元日。長野県のスキー場で滑る隣には姉のあづささん(28)がいた。「歩くより、滑る方が痛くないし怖くない」「どういう動きをしたら痛いかが分かったのは収穫」姉の心配をよそに、伊藤の口からは前向きな言葉ばかりが飛び出した。
「五輪をあきらめるかもと思っていたけれど、『絶対に出る』という決意しかなかった」とあづささんは振り返る。だから、「やるしかないよね」と声をかけた。
妹のさつきさん(20)は、伊藤を「いい姉、いいお手本、いいライバル」。昨年末に会った時、「平気。頑張れば大丈夫」と言われた。「くよくよしない姉。やっぱり前しか見ていなかった」1月、伊藤は北米でのW杯遠征に同行し、公式練習で滑った。「恐怖心も不安もある」「自分が行きたい、跳びたいと思っても、脳みそが制御する」。自らと葛藤する言葉を繰り返した。
復帰後は一度も実戦に出ないまま、五輪での一発勝負にかけるはずだった。自身3回目の五輪は早々に幕を閉じた。でも、「私はモーグルが大好き。モーグルで自分を表現したい」との思いは変わらない。
「平昌(ピョンチャン)五輪に出たい」 伊藤の決意を、あづささんはすでに聞いている。
(吉永岳央、平井隆介)
■地元で応援の祖母「足をさすってあげたい」「一番悔しいのは本人。『おかえり』と迎えてあげたい」。伊藤みき選手の出身地の滋賀県日野町では、中学時代からの友人の理学療法士、滝本真奈さん(26)が欠場の知らせを残念がった。滝本さんは予選1回目があった6日夜、町が企画した公民館での応援会に駆けつけた。午後11時50分ごろに棄権のアナウンスが流れると、伊藤選手に「くやしかったね。みんな、みきの味方やで」とスマートフォンからメッセージを送った。
滝本さんと伊藤選手は中学で陸上部に所属。伊藤選手はけがをしても黙々とトレーニングに励んでいたという。今回のけがを押しての五輪出場も「みき らしい」と思っていた。「ベストを尽くせるように祈っています!」とスマホで送ると、「日野から応援よろしく!」と明るい返事があったばかりだった。応援会のため名古屋から訪れた祖母の妙子さん(79)は「残念で頭が真っ白になった。足をさすってあげたい」と話した。町民有志の応援実行委員会事務局の担当者は「しっかりけがを治して、次に頑張ってほしい」とエールを送った。
(加藤正和、堀江昌史)
【特集・岡田良菜】
ソチオリンピック23歳で迎える2回目の五輪は、最後の五輪と心に決めていた。スノーボード女子ハーフパイプの岡田良菜(らな)(バートン)は、その最後の滑りにすべてを込めた。
決勝2回目。この日、6回目の滑りで、ソチのハーフパイプにも慣れてきていた。「今まで練習してきたことを全部出そう。それを見せないと意味がない」。今季、ソチ五輪の決勝のためにと、準備してきた技の構成に決勝1回目に続いて挑戦した。その中に含まれるのは、女子としては難易度の高い2回転半の「フロントサイド900」。2番目のエアに取り入れ、成功。また、1回目には着地で乱れ、おしりが雪面についてしまった5番目の2回転もしっかりと降り立った。
日頃から、1回のエアを個別に分けて飛んで練習するのではなく、5回の技の構成を最後まで滑る練習を繰り返した。「前までは完成度が高くなかった けど、五輪のために練習してきた」。結果はこの日の自己ベスト85・50点。練習してきたものが、最後にようやく形になった。ゴールの瞬間、両手を上げて
喜んだのは、そんな手応えがあったからだ。女子ハーフパイプでの5位入賞は2002年ソルトレーク大会の三宅陽子の8位を超え、日本勢として最高順位になる。
スノーボード女子全体で見ても06年トリノ大会スノーボードクロスの藤森由香の7位を上回った
「メダルは欲しかったけれど、すべてを出せて満足。5位はめっちゃうれしい」 笑顔がこぼれた。
(河野正樹) |